Gettysburg

アメリカ英語研修会
<5月14日の報告>

ワシントンへ行く途中、日本の関ヶ原古戦場に
相当する ゲテスバークを訪れました。

日本人に取って戦国時代が興味の尽きない対象であるのは、
多種多
様の興味深い人物が歴史に現れてくるからでもありますが
それ以上に国家を統一しようとした人間の本来の願いを達成しよう

とす
る物語だからではないでしょうか。

アメリカでも南北戦争の小説や映画、テレビ番組はとても人気があ ります。1860代に勃発した南北戦争ほど悲惨な戦争はアメリカに無いはずのに
なぜそれほどアメリカ人の心を揺さぶるので
しょうか。
これも国家統一という大きな目的を持った戦争だったからではないかと
思います。

戦場の広さは関ケ原が、
この戦場の一部分と思わせるほど広大です。
そし て、アメリカ人はこの戦場を「死の谷」と呼びます。

リンカーン大統領がこの地で演説した
短文がゲティスバーク演説とし て有名です。
今の60代以上のアメリカ人は学校で
この演説文を暗記させられた と言います。

この有名なリンカーン大統領のゲティスバーク演説の
訳文を記させて いただきますので、時間のある時にお読み下さい。
この「人民の、人民による、人民の為ための政府」 の名文は
混迷の今の世界情勢にも当てはまるのではないでしょうか。
~澤田~

【ゲティスバーク演説】
87年前、私たちの先祖はこの大陸に、自由によって考え出され、
全ての人間は平等であるという主張に捧げられた新しい国家を創造しました。
今、私たちは、その国が、 あるいは、そのように考え出され、そのような主張に捧げられた国が、試練に耐えて長く存続できるか を試す大規模な内戦に従事しています。

私たちはその戦争の激戦地に集まっています。
私たちは、この国が生き延びるために自身の命をこの場所で捧げた 人々へ、この地の一部を最後の安息の場所として捧げるために集まりました。
私たちがそのようにする ことは全く適切であって、そして正しいことです。

しかし、より大きな観点から考えると、私たちはこの地を捧げるこ とも・・・
神聖化することも・・・、崇めることもできないのです。

ここで戦った勇敢な人々は、戦死した人々であれ生き延びた人々で あれ、
私たちのちっぽけな力を大きく凌駕し、何物をもつけ加えることも削除することもできない程にこ の場所を神聖なものとしてしまっているからです。

私たちがここで述べていることを、世界が少しでも気に留め、また は長く記憶することはないでしょうが、しかし、彼らがここで成し遂げたことが忘れられることは決してな いでしょう。

ここで、この地で戦った人々が実に気高く大きく前進させた未完の事業へと捧げられるべ きは、場所ではなく、むしろ生き残った私たち自身なのです。

今ここで、私たちの前に残っている偉大な事業に捧げられるべき 物は、正しくは私たちであって・・・
これらの名誉ある死から、私たちが、彼らがその命の最後の献身の 限界を振り絞った動機への理解と自身による献身の誓いを深め、いまここで、彼らの死を決して無駄にはし ないということを強く決意すること、
つまり、この国が神の下で自由の新たな誕生を勝ち取るべきことを決意し、 そして人民の、人民による、人民のための政府が地球上から消滅することはないと決意すべきなのです。

コメントを残す